人口8000人の町をメタバースにした
2022年08月22日
2022年8月、「Virtual Inami (バーチャル井波)」という仮想空間をつくった。井波は富山県にある木彫刻の産地で、人口8,000人に満たず、高校もない町だ。この町をモチーフにした仮想空間を制作し、VRSNS最大手のVRChatで公開したところ、わずか2日間で米国、英国、豪州など世界各国から1,000人以上の方が訪れてくれた。VRChatはMeta QuestなどのVR端末や高性能なゲーム用PCがなければできないサービスで、事前の告知などもないのにこれだけの方が訪れてくれたことに少し驚いている。
バーチャル井波でできること
バーチャル井波は全長100メートルほどの石畳の通りで、両脇には観光案内所や彫刻工房、美術館、住民が集うラウンジや会議室など、現実の世界と同じ機能を持った店舗が配置されている。専用のアプリから訪問することで、アバターを操作して自由に町を散策でき、美術館に行けば作品を鑑賞できる。また、音声チャット機能もあり、同じ空間にいる人々と会話ができる。

リアル住民が出会う場所
VRChatに加えて、スマートフォンからもアクセスできる国産メタバースプラットフォーム「cluster」にもバーチャル井波がある。参加障壁が低くなったことで、まちの住民(以下、リアル住民)も遊びにきてくれた。小さなまちといいながらも、まちの中での交流はほとんどなく、知り合いは数えるほどしかいない。
そんな彼らがバーチャル井波を訪れると、思わぬ出会いがある。 ある日のバーチャル井波では、彫刻師と井波に住むエンジニアが出会っていた。彫刻師は彫刻作品を制作して販売することで生計を立てているわけだが、エンジニアから、図案もテキスタイル化して販売できるのではないかという提案があった。インターネット上に情報が溢れている時代といえども、自分の知っているキーワードの範囲内でしか情報が得られない。やはり、異なる知識や技術を持った人と「話す」ことで視点はぐんと広がるように思う。バーチャル井波がきっかけで、リアル井波でも交流するようになってくれると嬉しい。

バーチャル住民が集う場所
バーチャル井波は公開からまだ2週間足らずだが、何度か訪問してくれる人がいる。そしてDiscord(チャットサービス)に参加して、「こんなことをしてみたらどう?」などと提案までしてくれている。このように、井波の外に住んでいながらも、井波と関わってくれる人のことを「バーチャル住民」と呼んでいる。

参考にしたのは、新潟県の山古志村(現:長岡市山古志地域)で、「デジタル住民票」を取り入れて世界の注目を集めている。山古志村は人口800人の限界集落で、錦鯉発祥の地だ。この村の住民団体が錦鯉をモチーフにしたデジタルアート(NFT)を発行して、購入者には「デジタル住民票」が付与される。デジタル住民票の保有者は、NFTの売上からなる活動予算の使途に関して投票権を持ち、村外にいながらにして山古志村の発展に寄与することができるというしくみだ。
Virtual Inami Project
ところで、仮想空間バーチャル井波は、「Virtual Inami Project」(以下、VIP)というまちの有志でつくるチーム(いまのところは、ぼくと彫刻師の2人だけだが)が運営をしている。VIPの役割はおもに3つで、①仮想空間を創造し②持続性をもたせながら③秩序を維持することだ。これについては後述しようと思う。
ネット上ではWeb3.0というキーワードでDAO(リーダー不在の分散型自立組織)など分散型のコミュニティ形成に注目が集まっているが、バーチャル井波はあえてこれに逆行して、中央集権型のコミュニティを目指している。DAOにはだれでも参加でき、公平な意思決定ができるというメリットがある。まちづくりの観点では魅力的に聞こえるが、意思決定が遅くなるし、責任の所在も曖昧になってしまう。そのため、バーチャル住民の声を聞きながらも、最終的には運営チームの判断でコミュニティを管理していく。
プロジェクトの3つの種類
そんなバーチャル井波の中では、住民によってさまざまなプロジェクトが進められる。たとえば「図案をテキスタイル化して販売する」といった事業が生まれるかもしれないし、「好きな彫刻をアバターにしてくれる人を募集する」といった小さなものもある。このような、住民主体で生まれるプロジェクトのことを「サークルプロジェクト」と呼ぶ。
その中で、井波のまちや彫刻業界にとって良い影響を与えるとVIPが判断したものについては、「公認プロジェクト」という形で支援を行う。たとえば広報で協力をしたり、バーチャル井波の中にプロジェクトのために店舗を設置したりする。
ただ、これまでのところVIPには経済的なメリットがひとつもない。これではたんなるボランティアになってしまい、持続性が危ぶまれる。そこで、VIPは独自に「公式プロジェクト」を展開していく。いくつか計画があるうちのひとつが「いなみならい制度(仮称)」というもので、彫刻師のもとで井波について学んだり、彫刻体験ができたりするアクティビティだ。ただ、一般的な観光商品とはしくみが違う。

「いなみならい制度」
まず、ユーザーは販売期間内にKiboriNFTというNFTを購入する。KiboriNFTは、彫刻師が実際に使っている彫刻刀を撮影した写真に紐付けられている。ただ、これを購入した時点では、その彫刻刀がどの彫刻師のものかはわからない。そこで、購入後に専用サイトにアクセスしてNFTを認証すると「親方」の確認ができるようになる。それと同時に、その親方が提供するワークショップ(体験)への3回分のチケットへのアクセス権が付与される。チケットは年に1回届くため、その親方と少なくとも3年間は関係を築くことになる。
もし希望した親方でなければ、マーケットに出品して2次流通させることも可能だ。2次流通しているKiboriNFTは誰のものかが判明しているが、価格が上昇している可能性もある。そのため、希望する親方がいる場合でも、1次流通の時点でKiboriNFTを購入しておいて、マーケットで売却→キャピタルゲインを得たうえで欲しかったNFTを購入したほうが損失を少なくできるというしくみになっている。
また、ほしいKiboriNFTがセカンダリーマーケットに流通していなくても保有者に購入希望額を提示して「オファー」ができるメリットがNFTにはある。できれば3年間継続して工房に通ってもらえたほうが嬉しいのだが、2次流通で保有者が入れ替わっても、職人はロイヤリティとして取引価格の何割かが得られるし、新たな「見習い」と出会うことでファンを増やせる可能性もある。

Virtual Inami Projectのまとめ
ここで、Virtual Inami Projectの全体像を俯瞰して整理してみようと思う。まず、VIPというのは「バーチャル井波」という仮想空間を運営する住民の有志でつくるチームだ。そして、VIPは言ってみれば行政のような役割を担っている。すなわち、仮想空間の土地開発やルール作り、治安維持などを行い、住民の声を聞きながら発展を目指す機関だ。
そして、仮想空間の中では住民どうしが交流し、さまざまな活動が行われる。その中でもとくに井波や彫刻業界に良い影響を与えると考えられるものについてはVIPが土地提供や広報などでサポートをする。
ただ、これだけではVIPに持続性がなくなってしまうため、公式プロジェクトを展開して運営資金を確保する。この資金を使って仮想空間の改善や、公認プロジェクトへの支援を行っていく。
将来的には仮想空間内でも収益を得て、運営メンバーにも報酬が還元されるしくみをつくりたいと思っており、たんなるボランティアではなく貢献した人がきちんと報われて、コミュニティが持続していくようにしたい。
※現時点ではVRChatやclusterの規約の関係で、物販や業務代行などによる収益化は難しいと思われる。

さて、ここまでの話を読んで「うちの地域でもできそう」と思った行政マンのみなさん、それはあまりに危険です。メタバースプラットフォームをつくり、そこに集まるバーチャル住民を生み出すのは「技術的には」難しいことではありません。次回の記事では、バーチャル井波の問題点を考えてみましょう。